・愛を込めて

最近文章を書くことが怖いと感じていました。何を書こうか、何を書いたら悪く言われないか、こんな事を書いたら嫌われるんじゃないか、頭が悪いと思われるんじゃないか。

続けることは難しくても、辞めることは簡単です。少し書くことを辞めようと思い、あっという間に月日が流れてしまいました。考えなければ楽だと思って考えないようにしていたら、これまたあっという間に月日が流れました。

 

その間も私は生活していて、祖父の病気は良くならないし、祖母の認知症は進行して、母と怒鳴りあいの電話のやりとりを行なっていたり、母の愚痴を聞かなければならなかったり、就職活動は行きたい企業から連絡が来なかったりとたくさん心臓がグゥッと抓られたような感覚になることがありました。心臓が異変を起こしてるのではないのに、確かに痛くて、確かに辛かったです。

 

どれも簡単に解決することでは無いし、笑顔でいると誰からも心配されることもないけれど、誰かに伝えずに辛さを抱えることの大変さを知ったような気がします。そして、捌け口がある幸せも知りました。

 

伝えたいことはたくさんあります。母は祖母の認知症が進行してもう話にならないと言っているけれど、祖母からの電話を1ヶ月ほど前に取った時、就職活動中の私に向かって「菜緒ちゃんは昔から真面目だし、成績も良いし、優しいし、絶対に良いところに就職出来るわよ。」と励ましてくれたことは私にとってとても嬉しいことでした。祖父は祖母の認知症が進み、不安な部分も多いようで頑固さが増しているようですが、感染症にかかったら命に関わる状態なのだから家で安静にしていて欲しいです。

そして、母へ。祖母は思っているほど、認知症は酷くないと思います。ただ貴方のコンプレックス意識が強過ぎる。お兄さんと比べて愛されていなかったという意識が強過ぎると思います。私は貴方の小さい頃は知らないけれど、貴方の人生を聞く限り決して酷いものではなかったし、卑下する必要はないのではないでしょうか。腹を立ててばかりでは、しょうがありません。お兄さんは2年前に他界してもういません。過去のことに縛られるのはもう辞めませんか。

 

愛を込めてとは、簡単に言えることですが、実際愛を持って広い心で何かを許せる人なんてあまりいないです。だからこそ争いは尽きず、テロは発生し、多くの人が糾弾されているのです。でも私は、敢えて言いたい。こんな時だからこそ、家庭が崩壊しそうな今だからこそ、愛を込めて、家族が好きだと伝えたいです。愛を込めて。今私が持っている歪で未熟であろう愛を込めて。信じています。