読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

・消える

私の大好きな人は、疲れたと絶対に言わないし、得意のユーモアのある話で自分の辛さを誤魔化している。そんな彼が、初めてと言ってもいいくらい、ほんのちょっとの弱音を吐いた。私に吐いてくれた。それは、何の意味もない、ただ手近なところに私が居たからという理由なのかもしれないけど、近づけたのかもしれない!と思って嬉しかった。だから、いつもは夜に出掛けるなんてことはしないけど、大好きな人が辛いなら一緒に話をしたいと思って会いに行った。

 

会いに行く途中はずっと、会ったらなんて言おうか、大丈夫?って聞けば良いかなとか、何か笑わせられる面白い話はないかなとか色々考えた。

 

でも、いざ会ったら何も出来なかった。突っ込まれたくないのかなという気持ちが邪魔をして何も出来なかった。目の下のクマが濃いね、眠れてないの?以前から痩せ過ぎな体型なのに更に痩せたんじゃない?タバコの箱数かなりふえてるね?さっき聞こえないくらい小さい声で死にてぇって言ってたね、聞こえたよとか。全部気付いてたのに何も言えなかった。むしろ向こうにいつも通り笑わせてもらって、自分が心底情けない。元気をあげたかったのに、貰ってどうするんだよ。

結局、帰りの電車で別れる時に大丈夫?元気?と聞くことしか出来なかった。彼が何と答えるかなんて分かる。勿論彼は、大丈夫としか言わなかった。 

 

触ったら崩れてしまいそうという形容詞は彼のためにある様に思えた。あの改札の前で、またねって手を振ったらもう一生会えないような、私の世界から居なくなってしまうような、風で崩れてしまうような人だ。だからどうしても、繋ぎ留めたかった。居なくならないで!消えないで!と、それが一番伝えたかった。結局何も言えずに今回も別れてしまった。自分の不甲斐なさに、嫌悪感でいっぱいだ。

 

帰りの駅に向かって歩いた道で、2人で見たあの眩しいくらい明るい、朝5時の月は絶対に忘れない。