・大嫌いな祖父のこと

 

父方の祖父が亡くなったのは去年の6月のことでした。その頃私の家と父方の祖父との連絡は途絶え、絶縁に近い状態でした。

最後に祖父母の家に行ったのは何時のことか分からないほどでした。唯一連絡を取っていたのは、長男である父だけでした。

祖母は5年程前から認知症を患い、話すことも出来ず、長い間入院しています。今もです。祖父は祖母の介護を自分1人でやると言い、周りの冷静な声にも耳を傾けず、1人で介護をしていました。

私や姉が小さい頃は、少し短気で、怒ると暴力的なおじいちゃん(十分怖いな)という感じでしたがそれ以上でもそれ以下でもなかったです。しかし20歳も超えた私が知ったことは、父方の祖父母は私の母のことが気に入らず、長い間嫌がらせをしていたということでした。それはそれはもう気の滅入るような陰湿なもので、私は今でも許すことは出来ません。母はそのつらさを私や姉にバレないようにずっと隠していたのです。知りませんでした。

 

そんな祖父の最期は、脳梗塞でした。

1人で介護をしている祖母を車に乗せ、いつも通院する病院に車を走らせている途中で起こったようです。なんとか病院の駐車場に車を停め、車から降り、倒れ、それからあっという間に亡くなりました。車を走らせている時に意識を失っていたらたくさんの人を巻き込んだ大事故になったかもしれません。だから酷い頭痛の中、必死に車を停めようとしたのではないかと検死を担当した医師に父は言われたそうです。車は駐車場の線に対して斜めに停められ、必死さが伝わりました。また、脳梗塞を起こした祖父の脳はレントゲンに写すと半分が真っ白だったそうです。半分が石のように固まってしまっていたそうなのです。よくこの状態で生きられたものだ、相当な激痛だっただろうし、性格が荒かったのもこの脳のせいだろうと医師に言われました。

遺品を整理しに向かった祖父の家には、市販の頭痛薬がたくさん、至る所に置いてありました。痛かったのでしょうね。

 

私はあなたの事をずっと恨んでいました。私の母を苦しめ父を苦しめてきたあなたを。でも何も知らなかった。恨むにはあなたの人間性を知らな過ぎたと今は思います。本当は大学に通いたかったけれど家にお金が無いからと職についたこと。それでも勉強したいと、沢山の文学作品を読み漁り、英語のテキストを何冊もこなしたこと。何も知らなかった。知ろうともしませんでした。ごめんなさい。今でも両親を苦しめた存在として許すことは出来ませんが、あなたの苦しみも知りました。どうか安らかに眠ってくれていれば良いです。