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・持ったまま

今日ふと思い出したことがある。万引き犯と間違われ、高校への推薦をしてもらえずに苦悩して自殺した少年のことだ。少年は担任に万引きをしたことの確認をされた際に「はい」と答えたそうだが、実際はしていなかったということだった。何故少年は「はい」と返事をしてしまったのだろうと世間の人は言っていた。しかし私は少年の気持ちが分かる気がする。

私も死んでいたかもしれないからだ。

小学生の頃、私も犯人に間違われたことがあり、そして当時の担任の中では私が犯人のままになっているということを思い出した。

 

あれは私が小学4年生の頃だ。以前にも話したことがあるように、私は虐められていた。クラスの中心である女子グループに陰口を言われたり、パンツの柄をバラされるなんてこともあったなぁ。とっても恥ずかしかったし、惨めだったし、心はいつも独りだった。いつもは陰口を言うくせに、先生の前や授業参観などの親の前では仲の良いふりをしてくる彼女たちも嫌だったし、私は虐められていると悟られたくなくて、みんなと仲良しだというふりをした自分も嫌だった。偽物の優しさに縋らなきゃいけない惨めな子どもだった。当時は当然、女子グループに怒りを持っていた。これで怒らなかったら相当心が寛大なのか、感覚が鈍っているのどちらかだ。ある日、女子グループのリーダーMの筆箱が切り裂かれトイレに捨てられる事件が起きた。Mが自慢していた当時流行っていたブランドのファイルもぐしゃぐしゃになって発見されたし、クラスの掲示板に貼られたクラスメイトの写真の中に写るMの顔がマジックで塗りつぶされていた。要は誰かがMに陰湿で最低な行為をしていたのだ。私はもちろんMのことが大嫌いだったけれど、そんなめんどくさいことをやるエネルギーもなければ勇気もなかった。しかし最悪なことに、切り裂かれた筆箱もマジックで塗りつぶされた写真もどちらも私が見つけてしまったのだ。第一発見者が犯人扱いされるのはよくあることだ。ここで何を言ってもしょうがないが、私はやっていない。しかし担任は後日私にこっそり「Mに謝れば?」と微笑みながら言ってきたのだった。私は何のことか分からず「??はい?」と応えてしまった。そして後から気付いたのだ、犯人にされてるんだな、と。数日経ってから訂正は出来なかったし、大人に意見する勇気もなかった。当時の犯人は完全犯罪をしたのだ。私に濡れ衣を着せて。

だから少年の気持ちが分かる気がする。やってもいないのに「はい」と言ってしまったことがあるからだ。そして担任に誤解されたまま自分が犯人のまま生きてきた。あの頃の惨めで冷たくて黒い気持ちは今も消えない。きっと永久凍土のようにいつになってもそこにあり続けて消えないものなんだと思う。この気持ちを持ったまま、私は生きていく。忘れてなんかやるもんか!

 

・話す意味、書く意味

音が意味を持って、誰かに伝わるというのは不思議で、奇跡のようなことだと思いませんか。"あ"という音と"め"という音が繋がって"雨"という単語になり意味を持ちます。イントネーションが加われば"飴"にもなります。これは同じ言語を理解出来る人にだけ伝わることですが、一つ一つの小さな音が繋がって意味を持つということに感動を覚えます。ホモ・サピエンスの時代の原人たちも、きっと想いを伝えたいから、音を出したんでしょう。あー、とか、うー、とか。いつしかそれが意味を持った。そこは危険だ、とか、狩りに行こう、とか。そうやって人は生き延びて、今の形の言葉が生まれたんだと思います。考えれば考えるほど不思議なことです。

 

小さな音たちは繋がって意味を持って、文章にもなります。そしてその文章は、人の気持ちを動かすことだって出来る。

だから私は言葉が、特に日本語が好きです。誰かを変えられる、助けられる、楽しく出来ると思うから。裏を読み取るとか高度な技を求める言葉もたまにあるけれど、基本的に言葉は直球です。そこが好き。気持ちをぴったり表現出来る言葉に出会った時は、飛び跳ねたいほど嬉しいものです。

"優柔不断な気持ちはマッキーで塗り潰す"とか、"両手に愛とナイフ"とか。"進化する前に戻って何もかもに感動しよう"とか。大好きな言葉たちです。私に勇気も、切なさもくれる私の味方の言葉です。

 

私も自分の言葉で、誰かを笑わせたいな、救いたいなと思います。

 

 

・消える

私の大好きな人は、疲れたと絶対に言わないし、得意のユーモアのある話で自分の辛さを誤魔化している。そんな彼が、初めてと言ってもいいくらい、ほんのちょっとの弱音を吐いた。私に吐いてくれた。それは、何の意味もない、ただ手近なところに私が居たからという理由なのかもしれないけど、近づけたのかもしれない!と思って嬉しかった。だから、いつもは夜に出掛けるなんてことはしないけど、大好きな人が辛いなら一緒に話をしたいと思って会いに行った。

 

会いに行く途中はずっと、会ったらなんて言おうか、大丈夫?って聞けば良いかなとか、何か笑わせられる面白い話はないかなとか色々考えた。

 

でも、いざ会ったら何も出来なかった。突っ込まれたくないのかなという気持ちが邪魔をして何も出来なかった。目の下のクマが濃いね、眠れてないの?以前から痩せ過ぎな体型なのに更に痩せたんじゃない?タバコの箱数かなりふえてるね?さっき聞こえないくらい小さい声で死にてぇって言ってたね、聞こえたよとか。全部気付いてたのに何も言えなかった。むしろ向こうにいつも通り笑わせてもらって、自分が心底情けない。元気をあげたかったのに、貰ってどうするんだよ。

結局、帰りの電車で別れる時に大丈夫?元気?と聞くことしか出来なかった。彼が何と答えるかなんて分かる。勿論彼は、大丈夫としか言わなかった。 

 

触ったら崩れてしまいそうという形容詞は彼のためにある様に思えた。あの改札の前で、またねって手を振ったらもう一生会えないような、私の世界から居なくなってしまうような、風で崩れてしまうような人だ。だからどうしても、繋ぎ留めたかった。居なくならないで!消えないで!と、それが一番伝えたかった。結局何も言えずに今回も別れてしまった。自分の不甲斐なさに、嫌悪感でいっぱいだ。

 

帰りの駅に向かって歩いた道で、2人で見たあの眩しいくらい明るい、朝5時の月は絶対に忘れない。

 

 

 

・時代part2

テレビで大人と中高生くらいの子どもたちが学校について討論するような番組がやっていて、チャンネルを変えようとしていた時にチラッと観ました。


大人たちが物事を無理矢理納得する時の謳い文句として「今はそういう時代じゃないもんね〜」というものがあって、偉そうに踏ん反り返っている大人と言われる立場の芸能人もよく使っていたように思うし、子どもたちも「時代が違う」という便利な言葉を使っていました。
もちろんその通りだとも思います。交通が発達したし、インターネットも普及して現在では、なくてはならないものだし、ネット配信で授業を受けたり学び方も変わりました。昔と呼ばれている時代の迷信が科学的に解明されたりして、昔を馬鹿にしたり出来るくらい今は進化してきたように思います。


しかし、全てを時代のせいにするのは、ずるいと私は思います。時代が変わったって、人はそんなに変わっていないです。相変わらず勧善懲悪な流れのドラマや小説が流行るし、ブルーハーツリンダリンダはかっこいいと言われているし、いじめは無くならないし、LINEを使ったって好きな人に好きと伝えるのは難しいし、Wikipediaで調べたって相対性理論の原理はよく理解出来ません。
結局どんな便利な道具を手に入れたって根本的な人間はそんなに変わっていないと思いませんか。時代のせいにしたって、意味がないことがたくさんあると私は思います。
だから時代のせいにするのはかっこ悪い時がたまに来る。自分が悪いんだなとガツンと正面から受け止めなきゃいけない時が必ず来ます。そこから逃げなければ、あんなに踏ん反り返って偉そうに少し長く生きているからって上から目線で喋っている俳優という肩書きのくせにドラマに全然出てない芸能人の言うことなんか怖くないです。(某タレントがあまり好きではないという偏見が強いかも。)


私もよく、自分に起こる殆どの最悪なことは自分に起因しているということを忘れます。タンスの角に足の小指をぶつけた時だって、もうちょっと横を通れば良かっただけだし、TSUTAYAで延滞料金を取られた時だって2日前くらいに返しにいけば良かっただけだし、化粧品で肌が荒れた時もパッチテストをしておけば良かったのです。もちろん何を言ったって後の祭りということも分かっていますし、毎回後先を想定して行動する面倒臭さも分かります(笑)

 

逃げないで生きていければかっこいいなといつも思います。結局私が欲しいのは、何事も認められる広い心なんだろうな。難しい。

 

 

・すべてがFになる

好きな作家の1人である森博嗣のデビュー作『すべてがFになる』を読了しました。最近ドラマ化やアニメ化もされて、ご存知の方も多いと思います。

 

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すべてがFになる森博嗣

 

まず驚いたことは、20年ほど前に書かれた作品であるにも関わらずコンピューターシステムの話が全く古臭いものではないということでした。何も違和感がないのです。ミステリー作品において現在よくあるトリックとして、携帯電話やスマートフォンを使うトリックが挙げられますが、この作品が出来た頃はそのようなものは使えないトリックなのです。しかし全然古臭くない。まるで森博嗣は20年先の未来を予言していたのかという気分になりました。

 

話の内容としては、理系作家の名にふさわしいトリックで、素晴らしかったです。私が抱く森博嗣の作品のイメージは、薄いグレーです。理由は、無機質で完璧、クリーン、すべての物事が論理だっている、という理由からです。少し人間離れている感じ。ロボットに近いかもしれません。今回の作品も薄いグレーのイメージでした。ロボットのように、感情があまり問題にならない作品です。

 

読んでいて、言葉も胸に残るかっこいいものが多かったです。

「だけど、だいたい自然なんて見せかけなんだからね。コンピュータで作られたものは必ず受け入れられるよ。それは、まやかしだけど……、本物なんて、そもそもないことに気づくべきなんだ、人間は……。」とか「自分の人生を他人に干渉してもらいたい、それが、愛されたい、という言葉の意味ではありませんか?(中略)自分の意志で生まれてくる生命はありません。他人の干渉によって死ぬというのは、自分の意志ではなく生まれたものの、本能的な欲求ではないでしょうか?」などです。感情論に偏りがちな私にも納得出来るものでした。とても論理的という印象を受ける言葉だと感じます。まるで数学の問題を整理しながら解いているようなそんな気分になります。養老孟司森博嗣の対談を読んだことがありますが、その時に感じた森博嗣に対するイメージがそのまま反映されているのうな作品でした。

 

文系でも理系でも関係なしに読んでもらいたいミステリー作品でした!

 

 

・成長期

 

信じられないとか意外と言われることが多いけれど、私は少林寺拳法初段を持っているし、小学校時代6年間運動会でリレーの選手に選ばれていたし、暮らしている市の小学校が集まる総合体育祭ではリレーの選手、100メートル走の学校代表選手だった。学級委員も毎年やっていた。中高一貫校に進学した後は、中1から高3まで学級委員に選ばれていた。ギター部の部長もしていた。

 

なんだか今の根暗で、集団行動が苦手で、ビビリな性格とは反対の生活をしていたように思う。もちろん当時も、何をするにも多少の怖気はあったし、中高の頃はそれが顕著だった。幼い頃ほど人生経験が少ないから誰しも無鉄砲だとは思うが。

今の私を見たら、過去の私はどう思うのだろうと感じる時もあるし、過去の私のことを話せば、今と全く違う輝いた過去に現在周りにいる人は驚くだろう。

でも、私の過去は栄光だったのかな?と思う。よく「過去の栄光」という言葉を耳にする。華々しい過去に縋ってしまう人がこの世にはたくさん居る。今の私の人生のピークは、あの頃だろう。足が速くて、学級委員も部長もしてたあの頃。でも、戻りたいとも縋りたいとも思わない。あの頃も、今よりずっとずっと辛いことがたくさんあったからだ。小学2年生の頃は、同じ女の子のグループで仲間はずれにされたり、パシリにされたりして虐められていたし、クラスが変わった小学3年、4年生でも陰で悪口を言われて孤立していた。担任の先生も気付いていたけど助けてくれなかった。まぁ先生なんてそんなもんだ。5年生の頃もクラスの仲が悪くて、担任の先生がストレスが原因で入院するくらいだった。虐められるのを恐れるように進学した中学校では1年生の頃、幽霊部員をしてた部活の同じ学年の子たちにたくさん悪口を言われたし(幽霊部員してた自分も相当悪い)、中3から高3まではギター部の部員をまとめるのも難しかった。

思い返すと、虐められてばかりだった。そんな中で親友を2人も見つけられたことは幸運だった。そしてやっぱり小学校時代からの友人はいない(笑)友人とも言って貰いたくないし、言わない。これは当時1人で戦った自分へのせめてもの拍手だから。

こんな過去だから、別に戻りたくもない。どんな人も、やっぱり今が過去より美しいんだと感じる。過去を重ねて、精神も見た目も絶対変わってる。陰口を叩いていたことのダサさとか、精神が子どもだったことに気づいているだろう。(たまに気づいていない人がいるから注意だけれど。)人生のピークを過去に設定するにはまだ早いし、過去より今、今よりも未来の自分があなたが、絶対いつよりも美しいし強いはずだ。

 

と思ってる。1人で。

今日は渋幕の入試だね。実力を出し切れよ!

 

 

・母方の祖父のこと

今日、母方の祖父が入院した。
私と干支が同じ、5回り違うので60歳差、祖父は今、81歳だ。
祖父は以前、前立腺癌を患って入院、手術をしたことがあるし、肺の手術を受けたこともある。そこから健康には気を遣っていた。タバコとお酒はやめて、毎日散歩に出かけて健康に過ごそうと努めていた。


しかし、祖父を変えてしまった出来事がある。叔父の死である。


叔父は、母の兄、つまり祖父の息子にあたる。彼が一昨年肺癌で入院してから、あっという間に亡くなってしまった。祖父は普段無口だし、感情をあまり表に出さないけれど、叔父のお葬式では何度か目を擦っていた。息子が亡くなる経験はしたことがないから、祖父の気持ちを理解することは正確には出来ないけれど、こんなにも残酷で辛い経験はないだろう。叔父が亡くなってからというもの、祖父は毎日お酒を飲むようになったし、節制もしなくなった。母曰く、もう生きることがどうでもよくなってしまったみたい、らしい。生きることに投げやり、もう死にたいということだろうか。

 

 

祖父は第二次世界大戦時、朝鮮半島に居た。疎開をしたものの、食べ物もなく、捨てられた食べ物をどんなに腐っていても口にしたらしい。日本に帰る時、船に乗っていたら野生のイルカが船と並行して飛び跳ねていた、と語っていた。祖父の口から戦争のことを聞いたのは、これが最初で最後だったように思う。
戦争から帰った祖父は、中学校に進み、県内で一番の進学校に入る。そして大学生になり、建築科の技術を活かし、建築関係の仕事をしていた。祖父の描く絵はとても緻密で正確に建物を捉えたものだったし、とても上手かった。この頃は全然絵を描かなかったけれど。

 

 

必死に紡いできた命はいつか、もう要らないと思う日が来るのだろうか。祖父の気持ちも分からなくない。でも残される祖母は。父親も兄も亡くなることになる母は。祖父のことが好きな孫たちは。何を思えば良い?
私はまた祖父と一緒に鍋を囲みたいし、子供の頃みたいに公園にも映画にも行きたい。祖父の描いた絵をもう一度見たい。トランプもしたい。私の好きな人がどんな人か教えたいし、いつか結婚式にも呼びたい。母がダイエットすると言いながらアイスを食べてることも、姉が最近肌の乾燥に悩んでることも、父が通販で電車の模型ばかり買うことも伝えたい。


まだいかないでよ。永遠じゃなことは分かってるけど、それでもやっぱり今じゃないはずなんだ。回復して、嘘みたいに何でもなかったみたいに、また笑えることを願ってるよ。