・本

最近落ち込むことがありました。きっと誰でも感じることで、自分だけじゃないことだけれど、落ち込みました。まだ少し落ち込んでいます。落ち込んでから気づいたことがありました。今日はそのことを書こうと思います。

 

落ち込んで、ひとしきり泣いて反省して、また少し泣いて。そのあと、私は本を読みました。気付いたら1冊2冊と本を読みました。今も読んでいます。本に没頭して、違う世界逃げようとしたのかな。ここ3日間で読んだ本はどれも切なく苦しいものでした。前を向けるような明るい楽しい本を選べば良いのに。何かにすごく悩んだり、苦しんでいる人が出て来る本ばかりでした。そして気付きました。

私は私以上に悲しんだり苦しんでいる人と出会って安心したかったようです。なんだ、こんなに辛い思いしてる人が居るじゃん、と。
酷いことでしょうか。誰かを不幸にしなきゃ自分を幸せに出来ないなんて。

 

今出会っているのは、大好きな同級生とセックスがしたいと思っている女子高生。東大に現役合格したけれど新興宗教にハマった兄と更年期障害に苦しむ母がいて、大好きな同級生は人妻とのコスプレセックスにハマっている。なんじゃこりゃと思うような状況だけど、愛なんて本来そんなものなんだろうなと思ったり。女子高生に教えて貰うことがたくさんありました。出会えてよかった。本から抜け出してきて、一緒に話したい。本当に好きってどんな気持ちだろうね。


母に怒られて泣いたあと、姉と喧嘩したあと、両親と姉が大喧嘩してる時、東日本大震災後の計画停電でやることがなかった時。辛かったり苦しかったり、寂しい時はいつも本を読みました。何かの物語に出会って、誰かに出会って色んな考えや想いや表情を知りました。それが今の私の一部であるし、私を作ってくれました。

 

これからもずっと誰かと、何かと出会う世界。本の世界。頼ってます。

 

・愛を込めて

最近文章を書くことが怖いと感じていました。何を書こうか、何を書いたら悪く言われないか、こんな事を書いたら嫌われるんじゃないか、頭が悪いと思われるんじゃないか。

続けることは難しくても、辞めることは簡単です。少し書くことを辞めようと思い、あっという間に月日が流れてしまいました。考えなければ楽だと思って考えないようにしていたら、これまたあっという間に月日が流れました。

 

その間も私は生活していて、祖父の病気は良くならないし、祖母の認知症は進行して、母と怒鳴りあいの電話のやりとりを行なっていたり、母の愚痴を聞かなければならなかったり、就職活動は行きたい企業から連絡が来なかったりとたくさん心臓がグゥッと抓られたような感覚になることがありました。心臓が異変を起こしてるのではないのに、確かに痛くて、確かに辛かったです。

 

どれも簡単に解決することでは無いし、笑顔でいると誰からも心配されることもないけれど、誰かに伝えずに辛さを抱えることの大変さを知ったような気がします。そして、捌け口がある幸せも知りました。

 

伝えたいことはたくさんあります。母は祖母の認知症が進行してもう話にならないと言っているけれど、祖母からの電話を1ヶ月ほど前に取った時、就職活動中の私に向かって「菜緒ちゃんは昔から真面目だし、成績も良いし、優しいし、絶対に良いところに就職出来るわよ。」と励ましてくれたことは私にとってとても嬉しいことでした。祖父は祖母の認知症が進み、不安な部分も多いようで頑固さが増しているようですが、感染症にかかったら命に関わる状態なのだから家で安静にしていて欲しいです。

そして、母へ。祖母は思っているほど、認知症は酷くないと思います。ただ貴方のコンプレックス意識が強過ぎる。お兄さんと比べて愛されていなかったという意識が強過ぎると思います。私は貴方の小さい頃は知らないけれど、貴方の人生を聞く限り決して酷いものではなかったし、卑下する必要はないのではないでしょうか。腹を立ててばかりでは、しょうがありません。お兄さんは2年前に他界してもういません。過去のことに縛られるのはもう辞めませんか。

 

愛を込めてとは、簡単に言えることですが、実際愛を持って広い心で何かを許せる人なんてあまりいないです。だからこそ争いは尽きず、テロは発生し、多くの人が糾弾されているのです。でも私は、敢えて言いたい。こんな時だからこそ、家庭が崩壊しそうな今だからこそ、愛を込めて、家族が好きだと伝えたいです。愛を込めて。今私が持っている歪で未熟であろう愛を込めて。信じています。

 

 

・小旅行〜鎌倉編〜

昨日鎌倉に行ってきました。鎌倉が地元の方に案内人になって貰って、ゆるく観光してみました。彼と行くのは2度目です。

 

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1番の目的であったイワタ珈琲店のホットケーキ!ホットケーキが大好きな私の為に調べてくれたお店。焼き上がりは40分程。いつもは行列らしいですが昨日は何故か、すんなり入れました。ふわふわほかほかでバターがジュワッとして最高。古き良き喫茶店という感じでケーキやフルーツサンド、コーラフロートなどもすごく美味しそうでした。お腹いっぱい。

 

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藤がすごく綺麗に咲いてる季節でした。気温も日差しも、すごく気持ちが良かった。長谷寺鶴岡八幡宮の藤棚はもちろんのこと、街の裏道を歩いている時に見える森にも綺麗に咲き誇って、芳しい香りでした。

 

今回はセンスの良い看板を見つけて写真に撮ってみました!たくさんあった。

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小町通りで見つけた看板。イラストとフォントが可愛らしい!お店は行きませんでした。

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こちらも小町通り。たしか骨董品屋さん。多分木彫りして色付けしてます。美しい!!

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長谷にある喫茶店のドアでした。ブイと読むらしく、有名な喫茶店らしいです。ステンドグラスが大好きなので、私の趣味にドンピシャでした。ホットケーキでお腹がいっぱいでお店には入りませんでしたが、チラッと覗いた店内も素敵な雰囲気でした。今度は行きたいな〜。

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こちらは鎌倉高校前から江ノ島に向かって歩いてた時に発見したお店。アイスキャンディーを売ってました。氷菓っていうところが素敵。

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そして今回1番のお気に入り!これも鎌倉高校前から歩いている時に発見。小さな商店のタバコ販売のスペースでした。謳い文句が素敵だし、フォントも素敵。"心の日曜日"って良いよね。日曜日じゃなくても心は日曜日。私はタバコを吸わないけど、タバコの魔力を見たわ。

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江ノ島から乗ったモノレールの駅で。彼が小さい時から全然変わらないそうです。寂れてるようででも温かい感じが素敵。

 

天候に恵まれて、とっても爽やかで気持ちのいい遠出でした。鎌倉文学館に行ったり、江ノ島でビールを飲んだり、長谷で地元の方とお話ししたり、楽しいことがたくさん、かなり癒されました。鎌倉文学館のステンドグラスやランプの装飾はすごく美しいから是非見て欲しいな。庭園の薔薇が咲き誇っているところ、見たかったぁ。鎌倉に一度は紫陽花を見に行きたいけど、今年は無理そう。また来年に期待。

 

今度も何か目的を決めて行きたいな。

 

 

・笑っていたい

ミサイルが飛んでくるかもしれない、戦争が始まるかもしれない。割と距離の近いところで緊迫した情勢になっているところで、私たちはアイスクリームが食べたいなぁ、お酒が飲みたいなぁ、髪がボサボサになってきたなぁとか、ディズニーランドに行きたいなぁとか思っていますね。

それを平和ボケしている日本人の悪いところと言う人がいるし、その意見について認めるしかないので反論も何もないですが、私は、緊迫している情勢の中、パニックを起こさず普段通りの生活を送れる人々はある意味とっても強いんだと感じています。

 

それでもいざ今、ミサイルが飛んできて死んでしまうとしたら色んなことがどうでもよく感じるし、色んなことに後悔するだろうなと思います。例えば、なんで今までこんなに外見を気にしてたんだろう歯並びが変わったところで死ぬじゃん、とか、貯金ってなんだよ使わずに死ぬじゃん、とか。一度でいいからウユニ塩湖で満天の星空を観たかったとか、耳が痛くなるくらい寒い中恐れすら感じるであろうオーロラを観たかったとか、誰かと普通に結婚して普通に子どもを産んで普通に歳をとってお婆さんになりたかった、とか。

数えきれない人の数えきれない希望を奪っているのもまた、同じ人間だと思うと不思議でならないですね。お前に人の幸せを奪うなんの権利があるんだよ!と言いたくなります。生まれた時はみんな一緒の泣くことしか出来ない赤ん坊なのに。

 

もし最期の時が決まっているのなら、大好きな人たちと一緒に飲んで食べて笑ってどんちゃん騒いで寝てしまいたいです。この瞬間私以上に幸せな人はこの世にいないぞって、そんな幸せにも気付かないくらい幸せな気持ちで終わりたいです。そしたら幸せだなー。不本意に生を終えたとしても、お前に私の幸せは奪えなかったぞ!はっはっはっ!と威張っていることでしょう。

 

不本意に死なないことが1番嬉しいけどね。

 

・うつくしい子ども

"あの偉い発明家も凶悪な犯罪者もみんな昔子どもだってね"

THE YELLOW MONKEYのJAMの一節だ。初めてこの歌を聴いた時の衝撃は忘れないし、紅白歌合戦でこの歌を唄っていた姿に涙するほど感動した。この歌詞には同意せざるを得ない。その通り。どんなに偉そうに踏ん反りがえっている政治家や彼らを追い詰める記者とか、覚醒剤に手を出す野球選手やイチローだって、みんな子どもだった時代がある。

 

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『うつくしい子ども』石田衣良

この本は友人の勧めだった。こんなに自分の趣味とぴったりくる本は読んだことがなくて、心が震えた。

13歳の弟が幼女を殺害した殺人犯だったことが判明した14歳の兄が主人公の物語だ。実際にこの様な事件が起こったら、殺人犯の少年や少女の家族は糾弾され、プライバシーは侵害され、人権なんてなくなる。挙げ句の果てには、育て方に問題があるとかなんだか偉そうな専門家とかコメンテーターという看板をぶらさげた人間に言われる。社会的弱者は圧倒的に弱く壊されて行く。この本にもその描写は強く書かれている。そこにいる殺人犯の家族の傷みは私たちにも分かるはずだ。

 

以前も述べたことがあると思うが、私は、ワイドショーのコメンテーターが気に入らない。いじめ問題が起きれば「誰かが気付けなかったのか」「誰かが救えなかったのか」などとコメントする。このコメントが大嫌いだ。気付けないし救えなかったからこうなってるんだ。自分の家族の生活に全く悪がないとでも思ってんだろうか。身内の変化にだって気付けないだろう。気付くとか救うとかはそんな簡単なもんじゃない、言葉にすると呆気ないけれど簡単なことじゃないんだ。

 

主人公のジャガは、描写から推測するに身体も小さく世間では幼いとされる中学2年生だ。そんな彼と彼の周りにいる大人から見てもかっこいい精神を持った友達の想いというのはどうしたって真っ直ぐで恥じるところがなく強い。眩しいし自分の諦めとか弱さが恥ずかしくなる。犯罪者の家族、そして犯罪者の家族の友達。偏見なく、今までの関係を変えることなく接し続ける強さは私たちにあるか??家族を糾弾する資格があるのか?

悪というものが何から生まれるのかというのも考えさせられる。環境なのか遺伝なのか。人殺しになってもらいたいと子どもを育てる親は居ないはずだ。ということは、私たちの誰もが凶悪犯になる可能性があるということである。

 

殺人犯の家族としての生き方、殺人犯の家族への接し方、悪がとこが来るのか、悪は糾弾されればそれでいいのか、全てを報道することが真実なのか、大人とは子どもとは何なのかなど、比較的薄い小説の中で考えるべきことが盛り沢山だ。 スピード感が緩まない小説で一気読みが可能。2時間時間が空いたならば読んでほしい。読んだら1つ大人に近づける本だった。

 

 

・時間

昨日初めて知りました。東京駅には歴代首相の2人が襲撃された場所を当時の床そのままに、印をつけ保存しているそうです。当時のことを忘れないように、との思いが込められているそう。

本日九段下に行く用事があり、九段会館を間近で見ましたがすごく美しかったです。帝冠様式や重厚な扉に圧巻されました。1934年から九段下のあの地に建っている建物が廃業してしまったのはとても悲しいです。

 

時間は止まって欲しくても止まりません。この幸せな時間が終わらなきゃいいのに、と思っても終わりは必ず来てしまいますね。でも建物は残ります。(もちろん災害などで無くなってしまうこともあるけれど)私はこういう建物が残ることがとても大切だと思います。ここで結婚式を挙げた人は今どうしているのだろうとか、この扉を最初に開けた人はどんな人だったのだろうとか、この傷がついたのはいつのことなんだろうとか、この建物が建った頃ここら辺の景色はどんなだったのだろうとか。たくさん考えて、寂しいようなわくわくするような切ないような気持ちになるのが好きなのです。

 

九段会館東日本大震災が発生した際に2人死亡者が出たことにより、廃業となりました。誰かが亡くなることは非常に悲しいことですし、美しい建物と80年以上の歴史に幕が降りてしまったことが非常に残念です。どうにか、また中に入れるようになればいいなと陰ながら願っています。

 

ところで、九段下にある暁星学園の向かいにはすごくおんぼろな大きな屋敷があります。高い塀から覗くのは背の高い木々、雨戸はいつも閉められていて人の気配はしない。私は中高時代からこの建物に非常に心惹かれています!いつか!中に入ってみたい!!どなたのお屋敷なのかなど全く知らないのだけれど(笑)

 

 

・一周年

私がブログを始めて1年が経ちました。自分の気持ちを文章で好きなように書けるというのはとても楽しく幸せなことです。つまらないこと言ってるなとか、馬鹿だなと思われているかもしれない。それでも自分の書きたいことを書くことは嬉しく、楽しいことでした。

 

私が文章を書くことが楽しいと感じ始めたのは小学生の頃です。作文の授業が好きでした。句読点の打ち方や文章の形を細かく指導されながら書くのは苦手でしたが、好きなように書けると楽しかったです。中学の頃に夏休みについて、高校の頃に最後の文化祭について作文を提出した際に、文章を書くのが上手いと担任の先生に褒められたことがとても嬉しく記憶に残っています。

言葉の凄さについて知ったのは、2013年2月16日の読売新聞編集手帳を読んだことがきっかけです。それまでも読書などで素敵な文章には触れてきましたが、こんなにも無念さと気持ちが伝わる言葉には出会ったことがありませんでした。

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超有名新聞の記者という雲の上の存在のような人が「君は間違っている」と1人の少年に対して言っていることに感動しました。この事故の無念さが万人に伝わる文章です。今でも切り抜いて大切にしています。みんなの記憶には残らなかったこの少年のことを、私はこの文章のお陰で忘れる事なく生きています。不思議で残念で素敵なことだと思います。

 

私もいつか人の記憶に残るような文章を書いて、出来れば自分の言葉で誰かの人生を変える、とまでは言わないけれど支える力の一部にでもなれたら幸せです。新聞記事とか本とかそんな大きくて立派なものは書けなくても、このブログとかTwitterとかメールとかそんな身近なもので書ければいいなと思います。

だからこそ言葉を大切にしたいですね。言葉言葉と連呼しているとなんだか某宗教団体みたいだけれど、私はどちらかというとアンチ某宗教団体なので悪しからず。

 

今日はBUMP OF CHICKENのHAPPYとThe Pillowsのアナザーモーニングを聴きたいと思います!