・10cmの重み

祖父が亡くなり早4日。今日は御通夜と葬儀の為に祖母が私の両親に連れられて、我が家にやって来ました。祖母の家に遊びに行こうと思いつつ、就活やバイトなど今考えると下らない予定を日々費やしていた私はなかなか遊びに行けず、祖母と会ったのは、多分、叔父のお葬式以来でした。

母に、祖母の認知症が進んできていることは聞いていました。今日出会った感想は、祖母は祖母だなぁということでした。前回会った時より体は痩せていたけれど、私のことは分かるし、祖父が亡くなった時のことを話してくれました。小学生の私と比べたら15cmほど背が高かった祖母はいつの間にか私より10cmほど背が低くなっていたし、腕が細くなったなど老いを感じることはありましたが、今日は祖母の話をたくさん聞けました。母には言っていないようだけど、祖父が亡くなって祖父と2人で暮らしていた家に帰るのが怖いということも、施設に入れとケアマネージャーには言われたけれど、祖父が亡くなって日が経っていなくてまだ考えられないということとか、祖父が亡くなる前日はいつも通り元気だったことなど、たくさん。

 

祖父母との思い出は沢山あります。祖父母と自転車で外食したこととか、わざわざ映画館に電話してチケットを予約してから映画を観に行ったこととか、祖父に1000円を貰って姉と2人で漫画を買いに行ったこととか、バスに乗って祖父母の家から市民プールに行ってお昼にカップラーメンを食べたこととか。私たち孫のことを楽しませようと沢山優しくしてくれましたね。そんなの全然当たり前じゃなかったと今更気付きました。ありがとう。

ねぇ、おじいちゃん。息子である叔父さんには会えましたか?おばあちゃんは、息子も夫も亡くして、頼れるのが母しかいなくなってしまったと私に言いました。50年一緒に生きてきた人がこの世から消えるというのは本当に信じられないことなんでしょうね。50年ですよ。長い。そりゃあ家に帰るのは怖いですよね。50年一緒に生きてきた証を1人で見なきゃいけないなんて苦しくて悲しくて辛いですよね。だから、出来るだけ私がおばあちゃんの話を聞いて、癒してあげられればと思います。

 

まだ亡くなった祖父の顔を見れていないから、祖父が亡くなった実感がありません。でも、祖母の口から何度も出た「呆気なかった。あっという間だったの。」という言葉が悲しかったです。戦争を生き抜いて、働いて、子どもを2人育て上げて、孫が生まれて、4回癌になって治して、息子が死んで。沢山苦しんで悲しんで、それでもたまに笑って生きてきたんでしょうか。おじいちゃん、82年という長い月日を諦めることなく生きた貴方はとても強く、素晴らしい人でした。居なくなってしまったなんて悲しいけれど、今は頑張って生き抜いた貴方を讃えたいです。お疲れ様でした。ありがとう。本当にありがとう。

 

 

・虹のように今日は逃げないで

残念なニュースだ。中学1年生の生徒が自殺したらしい。テストのカンニングを咎められたことが原因だとか。

中学1年生は、大人と言っていいのか、子どもなのか。私には分からない。人にはそれぞれの社会があるから、彼女の社会は学校で、学校でカンニング犯とレッテルを貼られてしまった以上、生きづらいと感じたのかもしれない。そんなことを想像してみる。

 

命を何かと天秤にかけてしまうことは間違っている。カンニングは確かにしてはいけないことだ。でも殺人よりはマシ。窃盗よりはマシ。私はそう思ってる。反省して自分の力だけでテストの点数を取れるようにすれば良いのではないか。これからの学校生活でカンニング犯と呼ばれたとしても、君はそれだけの罪を負ったんだ。苦しんで反省して成長していくこと、それが君のやるべき罰だったんだよ。死ぬことじゃない。君が今死ぬことは、逃げることだったんだ。私は怒るよ。

 

逃げても良い時も勿論ある。でも、逃げること=死ぬことでは無いんだ。自分の悪は認めて、それでも生きていかなければいけない。逃げることは、死ぬほど辛い時、居場所を変えることだと私は思っている。君には輝かしい未来があったよ。たとえカンニングをしたとしてもね。私は中学1年生の頃、英語が全然分からなかったけれど、中学2年生になって初めて英語が理解出来るようになって、今では中学生に英語を教えるまでになった。これから君は何が好きになっただろうね??

 

分からない。全部想像だ。カンニングじゃない他のことが理由だったのかもしれない。死ぬという自分を殺すという勇気に勝る力は、この世にあるのか私は分からない。自分を殺すには相当な力が必要だもんな。でも、それでも言いたい。生きろとか死ぬなとか偉そうなことを言える立場ではないけれど、言いたい。君は間違っているよ。間違っていたよ。たった数行、数分で片付けられてしまう程、君の人生は軽くなかったろう?

 

今どこにいるか分からないけれど、反省して、後悔して、眠っていられるといいね。

 

 

・本

最近落ち込むことがありました。きっと誰でも感じることで、自分だけじゃないことだけれど、落ち込みました。まだ少し落ち込んでいます。落ち込んでから気づいたことがありました。今日はそのことを書こうと思います。

 

落ち込んで、ひとしきり泣いて反省して、また少し泣いて。そのあと、私は本を読みました。気付いたら1冊2冊と本を読みました。今も読んでいます。本に没頭して、違う世界逃げようとしたのかな。ここ3日間で読んだ本はどれも切なく苦しいものでした。前を向けるような明るい楽しい本を選べば良いのに。何かにすごく悩んだり、苦しんでいる人が出て来る本ばかりでした。そして気付きました。

私は私以上に悲しんだり苦しんでいる人と出会って安心したかったようです。なんだ、こんなに辛い思いしてる人が居るじゃん、と。
酷いことでしょうか。誰かを不幸にしなきゃ自分を幸せに出来ないなんて。

 

今出会っているのは、大好きな同級生とセックスがしたいと思っている女子高生。東大に現役合格したけれど新興宗教にハマった兄と更年期障害に苦しむ母がいて、大好きな同級生は人妻とのコスプレセックスにハマっている。なんじゃこりゃと思うような状況だけど、愛なんて本来そんなものなんだろうなと思ったり。女子高生に教えて貰うことがたくさんありました。出会えてよかった。本から抜け出してきて、一緒に話したい。本当に好きってどんな気持ちだろうね。


母に怒られて泣いたあと、姉と喧嘩したあと、両親と姉が大喧嘩してる時、東日本大震災後の計画停電でやることがなかった時。辛かったり苦しかったり、寂しい時はいつも本を読みました。何かの物語に出会って、誰かに出会って色んな考えや想いや表情を知りました。それが今の私の一部であるし、私を作ってくれました。

 

これからもずっと誰かと、何かと出会う世界。本の世界。頼ってます。

 

・小旅行〜鎌倉編〜

昨日鎌倉に行ってきました。鎌倉が地元の方に案内人になって貰って、ゆるく観光してみました。彼と行くのは2度目です。

 

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1番の目的であったイワタ珈琲店のホットケーキ!ホットケーキが大好きな私の為に調べてくれたお店。焼き上がりは40分程。いつもは行列らしいですが昨日は何故か、すんなり入れました。ふわふわほかほかでバターがジュワッとして最高。古き良き喫茶店という感じでケーキやフルーツサンド、コーラフロートなどもすごく美味しそうでした。お腹いっぱい。

 

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藤がすごく綺麗に咲いてる季節でした。気温も日差しも、すごく気持ちが良かった。長谷寺鶴岡八幡宮の藤棚はもちろんのこと、街の裏道を歩いている時に見える森にも綺麗に咲き誇って、芳しい香りでした。

 

今回はセンスの良い看板を見つけて写真に撮ってみました!たくさんあった。

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小町通りで見つけた看板。イラストとフォントが可愛らしい!お店は行きませんでした。

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こちらも小町通り。たしか骨董品屋さん。多分木彫りして色付けしてます。美しい!!

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長谷にある喫茶店のドアでした。ブイと読むらしく、有名な喫茶店らしいです。ステンドグラスが大好きなので、私の趣味にドンピシャでした。ホットケーキでお腹がいっぱいでお店には入りませんでしたが、チラッと覗いた店内も素敵な雰囲気でした。今度は行きたいな〜。

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こちらは鎌倉高校前から江ノ島に向かって歩いてた時に発見したお店。アイスキャンディーを売ってました。氷菓っていうところが素敵。

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そして今回1番のお気に入り!これも鎌倉高校前から歩いている時に発見。小さな商店のタバコ販売のスペースでした。謳い文句が素敵だし、フォントも素敵。"心の日曜日"って良いよね。日曜日じゃなくても心は日曜日。私はタバコを吸わないけど、タバコの魔力を見たわ。

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江ノ島から乗ったモノレールの駅で。彼が小さい時から全然変わらないそうです。寂れてるようででも温かい感じが素敵。

 

天候に恵まれて、とっても爽やかで気持ちのいい遠出でした。鎌倉文学館に行ったり、江ノ島でビールを飲んだり、長谷で地元の方とお話ししたり、楽しいことがたくさん、かなり癒されました。鎌倉文学館のステンドグラスやランプの装飾はすごく美しいから是非見て欲しいな。庭園の薔薇が咲き誇っているところ、見たかったぁ。鎌倉に一度は紫陽花を見に行きたいけど、今年は無理そう。また来年に期待。

 

今度も何か目的を決めて行きたいな。

 

 

・笑っていたい

ミサイルが飛んでくるかもしれない、戦争が始まるかもしれない。割と距離の近いところで緊迫した情勢になっているところで、私たちはアイスクリームが食べたいなぁ、お酒が飲みたいなぁ、髪がボサボサになってきたなぁとか、ディズニーランドに行きたいなぁとか思っていますね。

それを平和ボケしている日本人の悪いところと言う人がいるし、その意見について認めるしかないので反論も何もないですが、私は、緊迫している情勢の中、パニックを起こさず普段通りの生活を送れる人々はある意味とっても強いんだと感じています。

 

それでもいざ今、ミサイルが飛んできて死んでしまうとしたら色んなことがどうでもよく感じるし、色んなことに後悔するだろうなと思います。例えば、なんで今までこんなに外見を気にしてたんだろう歯並びが変わったところで死ぬじゃん、とか、貯金ってなんだよ使わずに死ぬじゃん、とか。一度でいいからウユニ塩湖で満天の星空を観たかったとか、耳が痛くなるくらい寒い中恐れすら感じるであろうオーロラを観たかったとか、誰かと普通に結婚して普通に子どもを産んで普通に歳をとってお婆さんになりたかった、とか。

数えきれない人の数えきれない希望を奪っているのもまた、同じ人間だと思うと不思議でならないですね。お前に人の幸せを奪うなんの権利があるんだよ!と言いたくなります。生まれた時はみんな一緒の泣くことしか出来ない赤ん坊なのに。

 

もし最期の時が決まっているのなら、大好きな人たちと一緒に飲んで食べて笑ってどんちゃん騒いで寝てしまいたいです。この瞬間私以上に幸せな人はこの世にいないぞって、そんな幸せにも気付かないくらい幸せな気持ちで終わりたいです。そしたら幸せだなー。不本意に生を終えたとしても、お前に私の幸せは奪えなかったぞ!はっはっはっ!と威張っていることでしょう。

 

不本意に死なないことが1番嬉しいけどね。

 

・うつくしい子ども

"あの偉い発明家も凶悪な犯罪者もみんな昔子どもだってね"

THE YELLOW MONKEYのJAMの一節だ。初めてこの歌を聴いた時の衝撃は忘れないし、紅白歌合戦でこの歌を唄っていた姿に涙するほど感動した。この歌詞には同意せざるを得ない。その通り。どんなに偉そうに踏ん反りがえっている政治家や彼らを追い詰める記者とか、覚醒剤に手を出す野球選手やイチローだって、みんな子どもだった時代がある。

 

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『うつくしい子ども』石田衣良

この本は友人の勧めだった。こんなに自分の趣味とぴったりくる本は読んだことがなくて、心が震えた。

13歳の弟が幼女を殺害した殺人犯だったことが判明した14歳の兄が主人公の物語だ。実際にこの様な事件が起こったら、殺人犯の少年や少女の家族は糾弾され、プライバシーは侵害され、人権なんてなくなる。挙げ句の果てには、育て方に問題があるとかなんだか偉そうな専門家とかコメンテーターという看板をぶらさげた人間に言われる。社会的弱者は圧倒的に弱く壊されて行く。この本にもその描写は強く書かれている。そこにいる殺人犯の家族の傷みは私たちにも分かるはずだ。

 

以前も述べたことがあると思うが、私は、ワイドショーのコメンテーターが気に入らない。いじめ問題が起きれば「誰かが気付けなかったのか」「誰かが救えなかったのか」などとコメントする。このコメントが大嫌いだ。気付けないし救えなかったからこうなってるんだ。自分の家族の生活に全く悪がないとでも思ってんだろうか。身内の変化にだって気付けないだろう。気付くとか救うとかはそんな簡単なもんじゃない、言葉にすると呆気ないけれど簡単なことじゃないんだ。

 

主人公のジャガは、描写から推測するに身体も小さく世間では幼いとされる中学2年生だ。そんな彼と彼の周りにいる大人から見てもかっこいい精神を持った友達の想いというのはどうしたって真っ直ぐで恥じるところがなく強い。眩しいし自分の諦めとか弱さが恥ずかしくなる。犯罪者の家族、そして犯罪者の家族の友達。偏見なく、今までの関係を変えることなく接し続ける強さは私たちにあるか??家族を糾弾する資格があるのか?

悪というものが何から生まれるのかというのも考えさせられる。環境なのか遺伝なのか。人殺しになってもらいたいと子どもを育てる親は居ないはずだ。ということは、私たちの誰もが凶悪犯になる可能性があるということである。

 

殺人犯の家族としての生き方、殺人犯の家族への接し方、悪がとこが来るのか、悪は糾弾されればそれでいいのか、全てを報道することが真実なのか、大人とは子どもとは何なのかなど、比較的薄い小説の中で考えるべきことが盛り沢山だ。 スピード感が緩まない小説で一気読みが可能。2時間時間が空いたならば読んでほしい。読んだら1つ大人に近づける本だった。

 

 

・時間

昨日初めて知りました。東京駅には歴代首相の2人が襲撃された場所を当時の床そのままに、印をつけ保存しているそうです。当時のことを忘れないように、との思いが込められているそう。

本日九段下に行く用事があり、九段会館を間近で見ましたがすごく美しかったです。帝冠様式や重厚な扉に圧巻されました。1934年から九段下のあの地に建っている建物が廃業してしまったのはとても悲しいです。

 

時間は止まって欲しくても止まりません。この幸せな時間が終わらなきゃいいのに、と思っても終わりは必ず来てしまいますね。でも建物は残ります。(もちろん災害などで無くなってしまうこともあるけれど)私はこういう建物が残ることがとても大切だと思います。ここで結婚式を挙げた人は今どうしているのだろうとか、この扉を最初に開けた人はどんな人だったのだろうとか、この傷がついたのはいつのことなんだろうとか、この建物が建った頃ここら辺の景色はどんなだったのだろうとか。たくさん考えて、寂しいようなわくわくするような切ないような気持ちになるのが好きなのです。

 

九段会館東日本大震災が発生した際に2人死亡者が出たことにより、廃業となりました。誰かが亡くなることは非常に悲しいことですし、美しい建物と80年以上の歴史に幕が降りてしまったことが非常に残念です。どうにか、また中に入れるようになればいいなと陰ながら願っています。

 

ところで、九段下にある暁星学園の向かいにはすごくおんぼろな大きな屋敷があります。高い塀から覗くのは背の高い木々、雨戸はいつも閉められていて人の気配はしない。私は中高時代からこの建物に非常に心惹かれています!いつか!中に入ってみたい!!どなたのお屋敷なのかなど全く知らないのだけれど(笑)